maruの活動は、代表の野沢がイベントを企画、
当日の運営はたくさんのボランティアスタッフに支えられています。

代表 野澤 奈緒子
 
1996年  知的障がい児施設喬晴院にて児童指導員として勤務     
1997〜2002年 栃木県今市養護学校など講師として勤務         
2001年 日本OBS協会(冒険教育機関)エディュケーターコース修了    
2002年  NPO法人 BIG TREE
 知的に障がいのある人の余暇支援を担当。障がいのある人を対象としたアウトドア活動と日常の余暇活動をする。           
2006年 maru設立  
  

  自然が大好き、人も大好き!!
  日光の自然のとっておきの穴場スポットを紹介します♪
ボランティアスタッフ
 ひーさん
 
 
 自然を愛するひーさんは遊び心満点!
 笑顔満点♪自然観察員もしているので虫のこと、森のことなど詳しいです
 コージくん
 

 ひっそり、こっそり助けてくれる存在のコージ君。さりげない優しさが光ります☆中禅寺湖カヌー普及委員会会長(←他称 笑)のコージ君は、カヌーのとき主に現れます。

 みーさん
 
 
 遊び心い〜〜っぱい。自然に遊びになんでも好奇心いっぱいです。海を愛す彼女は
怪我をしたときなど頼れる存在
ケン
 
  OBSJALT(冒険教育機関)卒業のケンは優しい力持ち。木のこと山菜のこと、山のことに詳しい山の達人。登山や長野関係でのプログラムなどに現れます。
 たっちゃん
 
 
 カヌーの時に現れます。みんなを元気にする才能の持ち主。自然と子どもたちが寄っていきます。
 ターキー
 
 
 好奇心旺盛で繊細、そして人が、子供が大〜好き。縁の下の力持ち的存在。

 みーちゃん
 
  
 美人なおばさま。手話も点字も操れます。障害のある人に精通していています。でも、会えるのは貴重です。
 さとこさん・かつみさん
 
 
 主に2人で行動。裏方スタッフ。装備の運搬・カヌーでは陸上班で活躍。60歳を過ぎカヌーを始める行動派!

  
 maruの活動に賛同して下さる
 たくさんの方々が、活動を支援しています。
 ボランティアスタッフを募集しています。
  ご興味を持って頂けた方はお問合わせください。自然が好きな 方、人が好きな方、一緒に遊びましょう!!

maru(まる)代表の思い
maru(まる)を設立した代表スタッフの野沢です。

知的に障害のある人とかかわることになったのは、今から10年以上前、栃木県で偶然勤めた、知的障害児施設がきっかけでした。主に生活面に携わっていました。そこではじめてみた障害のある人の環境は、驚くものでした。知的障害が理解されず偏見の目。理解してくれる人もいるのですが、なかなか近寄ってもらえない現状。
また、施設の中は、あらかじめ決められた生活があり、利用する人は、その中から自由を見つけていました。仕事も生活も余暇もすべて施設が抱え、同じ人が関わる。安心だけれど変化が無く単調な毎日でした。(現在は、職員の方が頑張り、内容も充実しているようです。)

年に1回の養護学校の文化祭に出かけます。その日は、施設の空気が変わります。文化祭には、その年度の卒業生だけを連れて行くので、それ以前に卒業した人達は、行くことができません。しかし、彼らは、あきらめることができず、無断外出します。ある人は歩いて、ある人は自転車で山ひとつ向こうの学校へ行きます。時に、無銭乗車や自転車を盗み、警察にお世話になることもありました。なぜそこまでして、みんなは学校に行きたいんだろう?学校に何があるんだろう?思えば施設に入る前、みんなは、どんな生活をしているんだろう。施設以外にどんな世界があるのだろう?もっと知りたい。そんな時、養護学校の講師の話がきました。いつか施設にまた戻って来たいと思いつつ秘密を探りに行くことにしました。

養護学校の印象は、毎日が、楽しくて変化の多い場所でした。学校には、たくさんの先生がいて、ほとんど全員の先生が生徒に声をかけてくれていました。友達も年齢を超えていっぱいいます。時間にも余裕があるし、授業も工夫されて、刺激的。身体もいっぱい動かせます。皆がここに来たいっていう気持ちが、わかる気がしました。
それと12年間の積み重ねがいかに大きいもであるかを知りました。
しかし、学校は長くても12年しかいられません。卒業後の人生のほうが長いです。障害のある人の卒業後の進路、就労に関して興味を持ちました。そしてもうひとつ、余暇について興味を持ちました。

養護学校を卒業し、施設に入所してしまえば、仕事も余暇も生活も施設内だけになります。作業所や仕事に付いた場合も、家と作業所や職場との往復だけで、活動の範囲が狭まります。また、人と出会う機会も減りがちです。私が知っている人達で、何とか民間に就職したけれど、会社と家の往復だけの生活で、ストレスをためてしまい、それを発散することができず辞めてしまったり、病気になったりした人がいました。障害があるゆえに、さまざまなことが制限され、世界が狭められているからおきるのではないかな?と思うようになりました。

「知的に障害のある人達のために何かできないか?」
そんな気持ちから、5年前京都にあるBIG TREEという職場に修行に出かけました。
そこで過ごした4年間を通し、障害のある人へだけでなく、障害のある人とない人をつなぐことの大切さを感じるようになりました。介助する側、される側。教える側、教えられる側ではなく、同じ人と人とのスタンスが本当に大切だと、気がつきました。

障害の種類じゃない。自閉症だとか、ダウン症だとかでない。その人はその人でしかない。その人自身を見る。そんなあたり前のことをやっと知ったのです。
そして、障害のある人と関わりを大切にしたプログラムも作って行きたいと思いました。

私が知的障害のある人と関わったことで、受けた影響はたくさんあります。知的障害児施設に働くことをきっかけに、私は大きく変わりました。人が好きになりました。そして自分が素になれました。みんなが素だから・・・。嫌なときは、そういうしその場から離れる。(もちろん気を使ってくれる人もいますが・・・笑)好きな人には自然に近づいていける。誰に言われたからとかではなく、自分の感じたことを素直に表現します。そんなみんなと一緒にいて、私も素になりました。自分が楽になり、好きになりました。

そして
2006年6月に、知的に障害のある人の遊び場の提供を目的とした『maru』を設立しました。まずは、知的に障害のある人の遊び場をつくろう!と始めました。2007年夏BIG TREEのような活動をしたいと思い、障害のある人もない人も一緒に遊べる場の提供を目的とした活動を始めました。

自分が、好きになった人達と、自分が好きなことをして、皆も笑顔で、私も笑顔で、なんて素敵なことか!! これからも、どんな出会いが待っているのか?何がおきるのか?どんな楽しいことが待っているのか楽しみです。
ひとりじゃなかったから、見えたもの、彼らと一緒だから見えたものを、これからも自分なりの方法で伝えていきたいです。

 

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